「失礼しますジャーファル先生!」
「…またですか。出て行きなさい」
「嫌です!」
「……」


只今昼休み開始三分。授業の終わりと共にアリババは教室を飛び出した。呆れたような白龍の視線を感じたが、いつものことだとアリババは気にしなかった。お弁当片手にアリババが向かった先は化学準備室…ジャーファルがいつも昼休みの時間を過ごす場だ。アリババは少しでもジャーファルと時間を過ごそうと、毎日毎日準備室へと足を運んでいる。勿論歓迎される訳も無く直ぐさま帰れと言われるが、そこで大人しく帰るアリババではない。元気良くお邪魔しますと告げてジャーファルの側へと歩み寄る。そんなアリババに溜め息を吐くジャーファルは、もはや殆ど諦めモードである。アリババが足を運んで三カ月…何を言おうが出て行こうとしないのだ。そりゃあ諦めたくもなる。立場上一応出て行くようには言うのだが、その実九割は義務的で投げやりだ。


「ジャーファル先生、今日は甘めの卵焼きにアスパラベーコン巻き、それに…」
「何をどう説明しようが何が入っていようが受け取りませんよ」
「…そろそろ一回位受け取ってくれても」
「嫌です」


珈琲の入ったカップを傾けながらジャーファルはそう切り捨てる。とりつく島もないその様子にアリババは項垂れた。その手にはお弁当箱が二つ。毎朝自分の分に加えてジャーファルの分まで作っているアリババ…しかし今まで受け取ってもらえた事は一度も無い。教師が生徒から何か受け取るなど言語道断だと強固な姿勢をみせるジャーファルだが、他の教師はそうではない。ひとえにジャーファルの性格なのだろうが「もしかしたら今日は受け取ってくれるかもしれない」という思いを捨てきれず、今日も今日とてお弁当を手に突撃したアリババであった。…まあ変わらず撃沈した訳なのだが。


「ジャーファル先生って本当にお堅いですよね」
「…馬鹿にしているんですか?」
「いいえまさか。そんな先生も素敵です」


格好良いです。好きです。でもやっぱり受け取って欲しいです。
唇を尖らせてだらだらとそう零すアリババを横目に、ジャーファルは相変わらずカップを傾けている。ジャーファルは化学準備室に設置されたデスクに向き合い、アリババは出入り口近くのソファに腰掛けている。これがいつもの形である。


「それにしても…ジャーファル先生が昼に何か食べてるとこを見たことが無いんですが。食べないんですか?」
「食べますよ。ただ人前で何か口にするのが好きでは無いんです」


飲み物は別ですが。
返された言葉にそうなのかとアリババはゆるく頷いた。また新たに知れたジャーファルの情報に気持ちが浮上する。何だかんだと話し掛ければちゃんと返してくれるジャーファルは優しい…ああやっぱり好きだなぁとアリババは頬を染めた。


「何をしているんですか君は。さっさと食べなさい。昼休みが終わりますよ」
「…ぐっ、う、!」
「?どうかしたんですか」


急にソファに倒れ込んだアリババに訝し気な視線を送るジャーファル。大丈夫かとジャーファルが唇を開こうとした瞬間、アリババがソファ上でばたばたと暴れ出した。


「何ですかもおおお何なんですかそれえええ…ッ、ぅ、好きですジャーファル先生…好きです」


うううと涙声になりだしたアリババにジャーファルは心の底から引いた。アリババの奇行はいつものことだが、今日はまた酷い。本当にこの子は大丈夫かと担任としてアリババの先行きを不安に思うジャーファルであった。









ばかにつける薬は無いって
きっとあれは本当なのだ